光学設計とその周辺、そしてたまに全く関係ないやつ

学んだことを書き留めていきたいと思いますが、ありふれたことを書いても人類の進歩に貢献しないので、専門的な事柄をメインにしたいと思います。なお私の専門とは光学設計とか画像処理とかです。

幾何光学と光線という概念について

幾何光学も光線も似たような概念でつい同一のものとして扱いがちですが, 厳密にいえば違うということ, そしてそもそも光線って何?ということを今回考えていきたいと思います.

波動方程式のおさらい

マクスウェル方程式から得られる波動方程式の解としてスカラー波に話を限定させたとして以下の電場関数を考えます. ここで Aが振幅部分,  uが空間に依存する項目をまとめたもの,  k_0が真空換算の波数, Lが真空換算の空間を進む距離を表す項です. 特にこのLをEikonal(アイコナール)と呼びます.


 E(x,y,z,t)=A(x,y,z) \exp{[ik_0 L(x,y,z)]} \exp{(-i\omega t)}
 =u(x,y,z)  \exp{(-i\omega t)} \tag{1-1} \label{1-1}

 uを使うことで空間依存項と時間依存項に分けることができますので, これを波動方程式に代入することで以下の位置のみに関する微分方程式が得られます.


 \displaystyle \frac{\partial^2 u}{\partial x^2}   + \frac{\partial^2 u}{\partial y^2} + \frac{\partial^2 u}{\partial z^2} +k^2 u=0 \tag{1-2} \label{1-2}


この式(1-2)に対して u(x,y,z)=A(x,y,z) \exp{[ik_0 L(x,y,z)]}を代入し計算を進めると最終的に以下の式が得られる.


 \displaystyle A(n^2-| \nabla L|^2)+\frac{\nabla^2 A}{k_0^2}+\frac{i}{k_0} (A\nabla^2 L+2(\nabla A)\cdot(\nabla L))=0 \tag{1-3} \label{1-3}

幾何光学近似

ここでよく幾何光学の定義として説明される波長 \lambda \lambda \rightarrow 0とする近似を行ってみます. 単純に式(1-3)で k_0が無限となり第1項以外は0となるため, 以下の式(2-1)が得られます.


 \displaystyle |\nabla L|^2=  \left( \frac{\partial L}{\partial x} \right)^2 + \left( \frac{\partial L}{\partial y} \right)^2 + \left( \frac{\partial L}{\partial z} \right)^2 =n^2 \tag{2-1} \label{2-1}

この Lが一定の値をとる曲線が等位相面を与えます.

次にEikonal方程式が成立するとなぜ光の伝搬を直線として表すことが出来るか見てみます.
ベクトル解析の復習ですが,  Lが一定の曲面に対して  \nabla L はその面に直行する法線ベクトルを表します. 下図のように連続する各波面の法線ベクトルをつなげた軌跡を光学, レンズ設計で使われるいわゆる光線と定義できます.

この光線が具体的にどういう軌跡をとりうるか見てみます.
具体的に  \nabla L は以下の式で表せることは実際に式(2-1)に代入すればわかります. ここで \textbf{s}  \nabla L 方向の単位ベクトルです.


 \displaystyle n\textbf{s} =  \nabla L \tag{2-2} \label{2-2}

この光線曲線上で微小距離dsで式(2-2)の微分をとると,

 \displaystyle \frac{d}{ds} n\textbf{s} = \frac{d}{ds} \nabla L =\nabla n  \tag{2-3} \label{2-3}

となります*1.

ここで例えば一定の屈折率の媒質では右辺が0となるため,  d \textbf{s}/ds = 0 から光線の方向を表すベクトル \textbf{s} は一定となります. これはこの時光線は直線となることを示しています.

屈折率分布媒質のように一定ではない媒質では逆に光線は曲線を描くことになりますが, 詳細は別の参考書を参考. いわゆる屈折率分布媒質などの話です.

説明としては以上です. この内容が一般に光線と聞いて思い浮かべるイメージと少し違うかもしれませんが, とにかくこれが光学における光線の定義となります.

Slowly Varying Amplitude近似

さて式(2-1)で \lambda \rightarrow 0としてEikonal方程式を得ましたが, 同じ結論を別の手法で得ることも出来ます. 式(2-1)で実部と虚部に分け, それぞれが0となるとすると以下の式が得られます.


 \displaystyle A(n^2-| \nabla L|^2)+\frac{\nabla^2 A}{k_0^2}=0 \tag{3-1} \label{3-1}
 \displaystyle  A\nabla^2 L+2(\nabla A)\cdot(\nabla L)=0 \tag{3-2} \label{3-2}

ここで式(3-1)については \nabla^2 A/k_0^2 A <<1と示すことが出来れば式(1-3)と同じ式が得られます. これは振幅の変動が1波長分の間隔に置いて十分ゆるやかだと考えられるときこの近似は有効です. それだけ説明されても納得はできないかもしれませんがこの説明は様々な文献でされていますので, 気になるようでした他の文献を参照してください. この近似をSlowly Varying Amplitude近似と呼びますがこれを使えば式(1-3)と同じ結論が得られ, さらに幾何光学近似と違い振幅の式(3-2)もあるため, ここから光線の強度を求めることも理論的には可能です.

いくつかの代表的な電場解で実際にEikonal方程式が真空中(n=1)で成立するか見てみます.

平面波

平面波はz方向に進行する場合以下の式で表せます.


 u(x,y,z)  =A(x,y,z) \exp{[ik_0 L(x,y,z)]}=A(x,y,z) \exp{[ik_0 z]} \tag{3-3} \label{3-3}

Eikonal L(x,y,z)=zについては \nabla L=(0,0,1)となりますので, Eikonal方程式(1-3)が成立するのは明らかです. 一方, 式(3-2)の強度式については,  \nabla L^2=0ですので,


 \displaystyle  (\nabla A)\cdot(\nabla L)=\left( \frac{\partial A}{\partial x} ,\frac{\partial A}{\partial y},\frac{\partial A}{\partial z}\right) \cdot \left( \frac{\partial L}{\partial x} ,\frac{\partial L}{\partial y},\frac{\partial L}{\partial z}\right)=\frac{\partial A}{\partial z}=0 \tag{3-4} \label{3-4}

となり,  A=f(x,y)が得られますが, 平面波の性質からxyにも依存しないと考えられるため, 結局 A=A_0と定数となることがわかります. これは実際の平面波の表式に一致し, 平面波の光線強度は常に一定となります.

球面波

球面波は球座標(r, \theta, \phi)で表すのが楽ですが, その性質から( \theta, \phi)には依存せず, 動径方向rのみに依存するはずです. それを踏まえて式は以下の通り表せます.


 u(x,y,z)  =A(x,y,z) \exp{[ik_0 r]}=A(r) \exp{[ik_0 r]} \tag{3-5} \label{3-5}

平面波同様, 計算を進めますがここで計算が楽になるように球座標上の勾配 \nabla ラプラシアン \nabla^2 は以下の式となることを利用します.  \hat{r}はr方向の単位ベクトルです.


 \displaystyle  \nabla L =\left( \frac{\partial L}{\partial r} \right) \hat{\textbf{r}} ,  \nabla^2 L =\frac{1}{r^2}\frac{\partial}{\partial r}    \left(  r^2    \frac{\partial L}{\partial r}    \right)         \tag{3-6} \label{3-6}

ここでEikonal方程式についてはEikonal L(x,y,z)=rとなりますので,


 \displaystyle  \nabla L =\hat{\textbf{r}}    \tag{3-7} \label{3-7}

から, Eikonal方程式を満たし, 光線として扱うことができることがわかります.
一方, 強度の式については \nabla^2 L=2/r となることから

 \displaystyle  2\frac{ A}{r}+2\frac{\partial A}{\partial r}=0   \tag{3-8} \label{3-8}

より,  A(r)=A_0/r が得られます.  A_0 は定数です.
この結果も波動方程式から直接得られる振幅と全く同じ結果となりますので, 理論的な正しさが確かめられました. この結果から応用できることとして, 球面波を光線として扱うこと自体は可能である一方, その光線強度については原点からの距離2乗に反比例するということを忘れてはいけないということが言えます.

ガウシアンビーム

最後にガウシアンビームを扱ってみます. 基本ガウシアンビームの電場分布は以下の通りに表されます(各パラメーターの説明は割愛).

焦点近傍を含む伝搬を表しているのが以下の図です.

https://www.thorlabs.co.jp/newgrouppage9.cfm?objectgroup_id=14511より

ここから計算を進めていっても良いのですが, 計算を間違えていると恥ずかしいためもっと単純に, ガウシアンビームのウエスト部分は明らかに湾曲しているため, 均質媒質中では直線になるというEikonal方程式の結論とは矛盾しそうだと言えそうです. ということで少なくとも焦点近傍ではガウシアンビームを光線として扱うのは厳密には不可能なはずです*2. 回折により有限のビームウエストを持つため幾何光学で表せないのは当たり前と言えば当たり前ですが, 一方十分遠方の領域では位相項が \rightarrow -ikz と平面波と同じ式になるため少なくともEikonal方程式は満たします.

参考文献
山善太, 草川徹. シミュレーション光学: 多様な光学系設計のために. 東海大学出版会, 2003.

*1:  \nabla L微分 \nabla nとなる詳しい説明は参考文献を参照

*2:とはいっても実際の光線追跡ソフトではガウシアンビームも機能として扱っていたり, 共振器の設計も光線を使って行うアプリケーション例はありますので, 工夫して(もしくはそこは完全に割り切って)光線追跡でもレーザー系の設計を実現しているのかもしれません.