光学設計とその周辺、そしてたまに全く関係ないやつ

学んだことを書き留めていきたいと思いますが、ありふれたことを書いても人類の進歩に貢献しないので、専門的な事柄をメインにしたいと思います。なお私の専門とは光学設計とか画像処理とかです。

分光器の光学設計のあれこれ

これから何回か分光器の光学設計, 特に回折格子を用いた光学設計について記事にしていく予定です.
まずこの第1回目ではイントロとして, 光学設計というより分光器の概論を自分なりにまとめてみます. といっても一般論については世の中情報が十分にあるため, ある程度つっこんだトピック毎の説明がメインです.

モノクロメーターとポリクロメーター

まず分光器はモノクロメーターとポリクロメーターの2種類があります. どちらの構成にせよ基本的に分光器はスリットからの光をレンズ(ミラー)で平行光にし,回折格子(プリズム)に照射させその波長分散された光を再度別の結像素子で結像させます. この最初の結像素子をコリメーターと呼び, 2つ目の素子をカメラ鏡とかフォーカシングとか呼ぶことが多いようです.この時像面上では波長毎に光が並ぶわけですが, モノクロメーターは像面にもスリットがあり, その先に単一のセンサ素子がある. 回折格子を回転させることでセンサが受光する波長を切り替えることができる一方, ポリクロメーターの場合, センサアレイが配置され1度にすべてのスペクトルが得られる.

モノクロメーターの利点として, 光学設計的にスリット幅を小さくする効果がよりあるという点に加えシステマチックな理由により*1基本的には高い分解能を得られるというのがあります. またモノクロメーターの場合, 全波長域において一定の波長分解能を得られやすいが, ポリクロメーターの場合波長により収差が変わるため,結果として分解能が変わる. また単一センサーを使えるので面積の大きいシリコンセンサーやPMTのような検出器が利用できる. ただそれでもポリクロメーターがワンショットで測定ができることは非常に便利であり, 市販されている安価な分光器は大半はポリクロメーターとなっている.モノクロメーターが使われるのは受光というより, 波長可変の単一波長の光源(日立製作所島津製作所の分光光度計など)として使われることが多いように感じます.

また, ポリクロメーターに似ているものとして写真分光器というのがある. これはその名の通り像面にアレイセンサではなく写真フィルムを使った分光器であり目にする機会はあまりないのではないでしょうか. ただ特徴として受光面を湾曲させることができるという利点とスペクトルの強さを目視で見る以上波長毎のスループットを均一になるよう調整しないといけない難点があるため, 光学設計的には大きな違いがある. ポリクロメーターや写真分光器のように1度に全スペクトルを得る方式をまとめてスペクトログラフと呼んでいる文献もある一方, 特に写真分光器のほうを特にスペクトログラフと呼ぶ文献もある.さらにポリクロメーターの英wikiページのように離散的にスペクトルを得られる場合をポリクロメーター,連続的に得られる場合をスペクトログラフと呼ぶ. いずれにせよ文献によって定義があいまいな気もしますのでその都度確認する必要がありそうです.
Polychromator - Wikipedia

分散素子

通常分散素子として用いられるのはプリズムと回折格子です. 意外とこの2つのメリットデメリットをまとめて結論としてこうです!, といっているようなドキュメントがなかったですが, そんな中で以下の島津製作所とアメリカのLightFormという会社のHPが参考になりました.
分光器 : 分析計測機器(分析装置) 島津製作所
Prism And Diffraction Grating Spectral Properties Compared

この2つのHPの内容とさらに私の見解も加えて以下のリストを作りました.

プリズム 回折格子 備考
光量スループット
対応波長域
波長分散の波長均一性
高次光
迷光 回折格子の場合比較的光量の大きい0次光の迷光対応が必要.
偏光 回折格子の場合アノマリーへの対応が必要
市販品のラインナップ
設計の自由度

この表だけ見るとどちらがいいか一概には言えませんが, 安価な市販分光器は回折格子を用いていることが多いのではないでしょうか.
最後の設計の自由度というのは完全に個人的な意見ですが, つまり回折格子の場合凹面回折格子のように曲面にできたり格子ピッチを可変にしたりいろんなことができる余地があるということを示しているつもりです(いやもちろんプリズムもいろいろあるじゃんと, 指摘はあるとは思いますが). またレイアウトとしてプリズムは透過配置しか基本出来ませんが, 回折格子の場合反射も利用できるという点も.

以下の点も補足として挙げます.

回折格子の難点として2次光カット手段が確かに必要になるのだが, 例えばポリクロメーターの場合800nmの1次光に対する400nmの2次光の影響は400nmの1次光から演算的に求めることも理論的にはできる. また測定波長外の紫外域の2次光としての影響も結局レンズなりの紫外吸収を利用することで影響を小さくすることもできる(というかそれで成立するように分光器の仕様を定める)ため, コストはかけずに対応することもできる.

凹面回折格子のように回折格子は1面のみで分光光学系を設計することも可能であり, この場合非常にコンパクトにできる. 一般的にプリズムのような透過を使う場合筐体が長くなりがちだが, 反射の場合はコンパクトにしやすい. 凹面回折格子の別の利点として深紫外の波長域のようにすべての光学素子が光量ロスを引き起こすような状況では光学材料内の光路はなるべく短くしさらに光学面も1つでも少なくする必要があり, この場合は特に凹面回折格子分光器が有効である. このような状況では回折格子のほうがスループットはよいこともあるのかもしれない.

また回折格子の対応波長は狭いのは確かですが, 別の回折格子を単に同じ位置に入れ替えるだけで異なる仕様に対応できることもあるため大きく設計変更をしないといけないこともないです.

一方波長毎のスループットを見積もるとき屈折は単純に扱えますが, 回折の特に偏光の影響も考慮したい場合RCWAのような電磁光学的な計算が必要になってくる点も留意すべきかもしれない. 他にもアノマリーなど回折格子は現象が難しいです

レンズを使うかミラーを使うか

余談程度の話ですが, コリメート及びフォーカシングにレンズを使うかミラーを使うかというも迷わしいところです. 当然ミラーのほうが色収差がないためその意味では分光器に適しているのですが, 反射させる場合は偏心し傾かせる必要があるため特に非点収差がでやすいのは要注意. レンズの場合は光軸を合わせれば機械的な配置としては非対称でも光学的には対称に近づけられるためそこの利点はあります. レンズの場合は面反射により複雑な迷光光路が発生することも対応が必要です. 深UV域ではレンズ内の吸収も無視できない場合は, もしくは透過を維持するために結像性能などを犠牲にせざるを得ない場合は, 必然的にミラーを使用することになります*2.

回折格子の基本理論

既に大量の情報があるため導出はしませんが回折格子の基本式は以下の通りです.   θ_{0}回折格子への入射角,   θ_{m}回折格子からのm次の回折角, dが回折格子ピッチ, mが回折次数です.


 \displaystyle d ({ \sin(θ_{m}) + \sin(θ_{0})  }) = mλ  \tag{1} \label{1}

分散角
回折格子の式から分散角   d θ_{m}/dλ,つまり波長により出射角   θ_{m}がどうかわるかは以下の通り表されます.Nは単位長さあたりのスリット溝数です.


 \displaystyle   \frac{d θ_{m}}{dλ}=\frac{Nm}{\cosθ_{m}}  \tag{2} \label{2}

ついでにプリズムの場合の分散角も計算してみよう. 以下の英語版Wikipediaのページによると, 薄プリズム近似の元出射角δは式(3)の通りとなる.
https://en.wikipedia.org/wiki/Dispersive_prism#Deviation_angle_and_dispersion


 \displaystyle  δ= (n-1)α   \tag{3} \label{3}

ここで同様に分散角を求めるが,この際屈折率のモデルとしてコーシーの分散公式を用いると,


 \displaystyle   \frac{d δ}{dλ} ∝ \frac{1}{λ^3}   \tag{4} \label{4}

のような感じになります. 例えばcosの近似を2次の項まで考慮した場合, 回折格子のほうが均一性が良いことがわかります.これはまさに先述した回折格子のほうが波長域にわたって一定の分解能が得られやすいことを示しているわけです.

自由スペクトル領域
回折格子の自由スぺクトル領域はm次光を波長  λ_{1}から  λ_{2}まで利用する場合以下の範囲ではスペクトルの重なり(他の次数からの2次光)を防ぐことができる.


 \displaystyle   λ_{1}-λ_{2} = \frac{λ_{1}}{m}   \tag{5} \label{5}

分解能
分解能は以下の定義の通りとなる. Ndは定義から回折格子上で光が照射される範囲のトータルでの溝数を表します.


 \displaystyle    \frac{λ}{Δλ} = mNd  \tag{6} \label{6}

この式から明らかなように分解能は次数mが大きいほど高い. ただ逆に先述したFSRが狭くなるため, ここに設計時に留意するトレードオフがある. 分解能をよくしたい場合はなるべく大きな回折格子に大きな光束径の光を照射させる必要がある.

フィネス
分光器では実用的な意味はあまりないかもしれませんが, ファブリペロー共振器では自由スぺクトル領域を分解能で割った値をフィネスと定義し共振器のシャープさを表しているわけです.
形式的には同じ計算を使って回折格子のフィネスというのも定義はできます.

*1:モノクロメーターの場合スキャン数を増やすことで測定波長ピッチを分解能で決まる半値幅より狭い間隔でサンプリングできますが, ポリクロメーターの場合ピクセル数以上に測定数を増やすことができないため

*2:EUV露光装置と同じ事情