光学設計とその周辺、そしてたまに全く関係ないやつ

学んだことを書き留めていきたいと思いますが、ありふれたことを書いても人類の進歩に貢献しないので、専門的な事柄をメインにしたいと思います。なお私の専門とは光学設計とか画像処理とかです。

分光器の光学設計1 1次レイアウト

ポリクロメーターの光学的な基本レイアウトをまとめてみます.

1次光学設計という観点(つまり幾何収差は考慮しない)で分光器光学系の基本的な設計方法,特にチェルニタナータイプの設計例をまとめてみようと思います.

基本

改めて回折格子の式のおさらいをします. 以下の図は回折格子への光束の入射, 回折を表していますが, 回折格子の法線Nに対して反時計回り(図では入射光束のほう)を角度の正の向きとします.

この場合回折格子の式は以下の通りに表されます. 例えば自明な例の一つとしてm=0の単なる反射の場合で入射角30°を考えると, 右辺は0となるため \beta=-30 とマイナスに表示されます. 割とこの回折格子の式が2つのsinの間がマイナスになっている表現もよく見たりますが, 角度の符号の方向がどう定義されているはきちんと把握する必要があります.


 \displaystyle   d( \sin{\alpha} + \sin{\beta})=m\lambda  \tag{1} \label{1}

また回折次数の符号についても上図と式(1)の定義をとると, +1次光が入射光側, -1次光が回折光側に分布すると定義されることに注意ください.

さてチェルニタナータイプのレイアウトは以下の通りです. ざっくり言えば入射スリットからの光をコリメーターミラーにより平行光にし回折格子に照射し, その回折光をフォーカシングミラーでディテクターに結像させます.

設計パラメーター

設計をするにあたって必要となるパラメーターを以下まとめていきます. なお基本的にはm=1次光を想定します.またGを格子ピッチdの逆数として使います.

波長

仕様となる波長範囲を \lambda_{2}-\lambda_{1}とし, 中心波長を \lambda_{C}=(\lambda_{2}+\lambda_{1})/2とします.

見開き角

見開き角 \Phi \Phi = \alpha-\betaと定義します. 要は入射角と回折角が結ぶ角度ということで, このパラメータを決めることでざっくりとレイアウトのサイズが決められます*1( \Phiを大きくすればサイズも大きくなる).
この \Phiを使って,  \alpha, \betaを表すと式(1)より


 \displaystyle   \sin{\alpha} + \sin{\beta}=2\sin{\frac{\alpha+ \beta}{2}}\cos{\frac{\alpha- \beta}{2}}=2\sin{\frac{2\alpha-\Phi}{2}}\cos{\frac{\Phi}{2}}=G\lambda


 \displaystyle  \to \alpha=\sin^{-1}{\frac{G\lambda}{2\cos(\Phi/2)}}+\frac{\Phi}{2} , \beta=\alpha-\Phi   \tag{2} \label{2}

余談ですが \Phi = 0の場合というのが, 入射光の方向に回折光がそのまま向かうリトロー配置とやらになります.

倍率

ミラーの焦点距離 f_C, f_Fとすると倍率は単にその比としたいところですが, 入射角度と回折角度が異なるため, その影響を考慮する必要があります.
それぞれの光路の光束断面径を求めると,コリメーター側は D_c=2f_C \tan{\theta_{C}}, フォーカシング側は D_f=2f_F \tan{\theta_{F}}となります. また回折格子上の照射サイズを求めると, それぞれ D_c=2f_C \tan{\theta_{C}}/\cos{\alpha},  D_f=2f_F \tan{\theta_{F}}/\cos{\beta} となりますが, 当然この2つは一致するので,


 \displaystyle   M=\frac{\sin{\theta_{C}}}{\sin{\theta_{F}}} \approx \frac{\tan{\theta_{C}}}{\tan{\theta_{F}}} =\frac{f_F \cos{\alpha}}{f_C \cos{\beta}}  \tag{3} \label{3}

という結果が得られます. 実際は式(2)の結果も使い, Mを決めることで2つの焦点距離の関係を設計で利用することになります.

波長範囲, ディテクターサイズ, 回折格子の関係

式(1)より波長 \lambda_{1}, \lambda_{2}が対応する回折角度 \beta_{1}, \beta_{2}とすると, 以下の式が得られます.


 \displaystyle   \sin{\beta_2} - \sin{\beta_1}=2\sin{\frac{\beta_2-\beta_1}{2}}\cos{\frac{\beta_2+\beta_1}{2}}=G(\lambda_2 - \lambda_1)   \tag{4} \label{4}

 (\beta_2+\beta_1)/2は中心波長 \lambda_{c}の回折角 \betaとしてまとめられ, また近軸範囲で \sin(\beta_2-\beta_1)/2 \approx \tan(\beta_2-\beta_1)/2=L_D/2L_Fとなるので,

 \displaystyle   G(\lambda_2 - \lambda_1) =\frac{L_D \cos{\beta}}{f_F}  \tag{5} \label{5}

という関係が得られます.

スリット幅 w

スリット幅が大きいほど光量が得られるため, 仕様である \Delta \lambdaを超えない範囲でなるべく大きくする必要があります.
入射スリット中心からxの距離にある点はディテクター上でy=Mxの位置に集光します. また式(5)よりディテクター上で中心からyの位置に含まれる波長の範囲 \Delta \lambda G\Delta \lambda=(\cos{\beta}/f_F) y となりますので, 式(3)の結果も使うと以下の関係が得られます.


 \displaystyle   w_i =\frac{Gf_C}{\cos{\alpha}} \Delta \lambda   \tag{6} \label{6}

また出射スリット w_e, 今回の場合ではディテクターの画素サイズの影響ももちろん影響します. 単純にディテクターサイズ L_Dに波長範囲 \lambda_2-\lambda_1が分布するため、画素サイズ w_eに含まれる波長範囲は以下の通りです.


 \displaystyle   w_e =\frac{L_D}{\lambda_2-\lambda_1} \Delta \lambda    \tag{7} \label{7}

これらの式を使って仕様である \Delta \lambdaからスリット幅を決めます. なお分散しない方向(上図では紙面方向)のスリット長さについては光量が得られるようになるべく長い値にします. 収差を考慮しないなら倍率Mとセンサの分散しない方向の長さから決めればよいです*2.

また入射と出射スリットどちらの議論でも位置の変位と波長の変位は単純な比例関係としましたがこれも厳密には成り立たないことはご注意ください.

半値幅

先に説明したスリットサイズに加えてもちろん幾何光学的な結像, つまり収差の影響が半値幅に関係してきます. また波動光学的な影響も厳密には考えるべきで, ここで説明してきます. 基本的には2つあり, 1つは他の光学機器でもよく考慮されるエアリーディスクの影響と回折格子上の有限照射サイズの影響です.

エアリーディスクについてはよく知られているように以下の式で表されます*3.


 \displaystyle   x =1.028 \lambda \frac{d}{f_F} \approx 1.028 \frac{\lambda} { 2\tan{\theta_F} } \tag{8} \label{8}

式(6)からディテクター上の広がりと波長半値幅を変換すると以下の式になります. 途中のNAの変換は式(2)を使いました.

 \displaystyle   1.028 \frac{\lambda} { 2\tan{\theta_F} } = \frac{L_D}{\lambda_2-\lambda_1} \Delta \lambda \to \Delta \lambda =1.028 \frac{\lambda(\lambda_2-\lambda_1)}{2L_D} \frac{1}{\tan{\theta_F}} =1.028 \frac{\lambda(\lambda_2-\lambda_1)M}{2L_D \tan{\theta_C}}  \tag{9} \label{9}

また回折格子上の有限照射サイズの影響については以前以下の記事で扱った通り照射エリア内の溝本数が関係してきます.


eikonal.hatenablog.jp

この際, 半値幅 \Delta \lambdaは溝本数Nと倍率の章で説明した結果を使って以下の通り表されます*4.


 \displaystyle   \Delta \lambda = 0.84 \frac{\lambda}{N}  = 0.84 \frac{\lambda \cos{\alpha}}{GD_C} = 0.84 \frac{\lambda \cos{\alpha}}{2 G f_C \tan{\theta_C} } \tag{10} \label{10}

これまでの議論をまとめると式(5)(6)(8)(9)の \Delta \lambdaを使用して,以下の通り表します.


 \displaystyle   (\Delta \lambda_{total})^2 =  (\Delta \lambda_{Abberation})^2 +  (\Delta \lambda_{wi})^2 +  (\Delta \lambda_{we})^2 +  (\Delta \lambda_{Airy})^2 +  (\Delta \lambda_{Grating})^2 \tag{11} \label{11}

 \lambda_{Abberation}は幾何光学的な結像状態による影響です.最終的な半値幅のスペックがこの式を満たすように各項目の半値幅を設計し, 式(5)(6)のスリット幅, ディテクター画素幅も決める必要があります. また波動光学的な影響である2つの項目については波長そのものにも依存することに注意.

設計例

これまでの結果を使って実際に設計してみます.

設計フロー

実際の設計フローとしては波長範囲 \lambda_2-\lambda_1, 半値幅 \lambda_{total}, 見開き角 \Phi, ディテクター(サイズ L_D, 画素幅  w_e), 倍率M, 回折格子(溝ピッチG)が定まっていれば上記パラメーターが決められレイアウトの設計ができます. 現実的には波長範囲と半値幅はお上から与えられるパラメーターであり, ディテクター回折格子は自由にラインナップを選べるわけではない一方, 見開き角と倍率が比較的自由に決められるパラメーターです. 入射スリットも自由に選べますが小さすぎる非現実的な値になっても意味がないので注意します.

仕様例

0から考えるのも大変なので実用的な観点から以下の既製品を参考にして仕様を考えてみます.
CCS100/M 小型分光器、350 ~ 700 nm (ミリ規格)
関係するスペックを抜き出すと以下の項目を満たすよう目指します.

波長範囲 350-700nm
FWHM <0.5nm, @435nm
CCD Pixel Size <8 µm x 200 µm (8 µm pitch)
CCD Pixel Number 3648
CCD サイズ 8 µm x 3648 = 約30mm
回折格子 1200 lines/mm
サイズ 10cmぐらいの箱に収まるぐらい
レイアウト チェルニタナータイプ


半値幅

まず項目が多くややこしい半値幅からラフに見積もってみます.
ディテクターサイズである8umから画素サイズの影響は式(6)より,


 \displaystyle \Delta \lambda_{we}=\frac{\lambda_2-\lambda_1}{L_D}w_e =\frac{350 nm}{30 mm}8 um \approx 0.1nm

また波動光学的な影響は倍率がおよそ1程度, F値が3ぐらいとすると \Delta \lambda_{Airy},  \Delta \lambda_{Grating}はいずれも0.05nm未満と見積もられますので実質的に無視できます*5.
よって半値幅は入射スリットの影響さえ考慮すればほぼよく,  \Delta \lambda_{wi}は0.4nmと見積もっておきます.

他パラメーター

見開き角 \Phiについては今サイズとして10cmぐらいの箱に収まるぐらいを目安にし, およそ回折格子が入射スリットとディテクターの間にあるとするとざっくり50°ぐらいと見積もられます.
ここから \alpha, \betaが求められますし, また他のパラメーターについては倍率さえ指定すればあとは決まります. あまり1倍から大きく外れるようなことはないですのでラフにM=1とし, 後は計算で求めれます. 入射スリットも先ほどの0.4nmという値から得られます.

実際に計算すると \alpha=0.79 (45degree),  \beta=-0.08(-4.6degree)]とまず求められます. この値とM=1から  f_F=71mmとこの値からさらに f_C=50mmと求められます. 最後に入射スリットは0.4nmという目標から34umと算出されます.
最初に置いたF値3から, 各素子のサイズも得られます.

最後に

実際は1回のフローを回すだけで決められない場合も多いためその際は見開き角や倍率を調整し, それでも難しいようでしたら(可能なら)回折格子ディテクター,サイズの見直しをしていきます. 今回は触れませんでしたが光量を考える際回折格子の反射率である回折効率が重要となりますが, 入射角に依存しますので本当は見開き角を設計する際もこの影響を考慮します.

パッケージングの問題として各部品の機械的な干渉はもちろん実際は考慮します*6.
また倍率については適当に1倍と置きましたが, もちろん実際は自由に決定することができます. 収差が改善するように選んでもよいですし, 部品の共通化としてコリメーターとミラーを同じ部品を使い共通の焦点距離にする場合はそれで決めることもできます.

学校の自由研究とかの課題で取り組んでいるなら今回の結果をそのまま使っても良いですが*7, もしプロフェッショナルに設計するなら実際は収差の影響がありますので設計ソフトを使って厳密に設計する必要があります. ただまずは初期状態として今回の設計結果を用意して始めることもできますし, 設計ソフト側にもいろいろとサンプルも用意されていますのでそこからでも出発できます.

Zemaxの場合は以下のレンズ屋さんの掲示板からサンプルが得られますし,Zemaxのオフィシャルページには透過型回折格子のサンプルもあります. CodeVもサポートページに確かあったような. LighttoolsもそのCodeVのデータを変換すれば用意できます.
http://www.lensya.co.jp/010/index.cgi?no=13447&mode=msgview&oya=13445
How to Build a Spectrometer – Zemax

光線収差については触れるつもりはないですが, 1つだけ述べると非点収差の発生を抑えるために光軸に対するミラーの傾きは可能な限り小さくするほうが良いです.

今回参考にしたIbsen社のHPでは計算アプリが以下のリンク先から利用できますので, 興味があれば参考にしてください. ただし角度の正負の定義など微妙な違いがあるのでご注意.
https://ibsen.com/wp-content/uploads/Spectrometer.html

参考文献

Ibsen社ホームページ
Spectrometer design guide - Ibsen Photonics

*1: \betaはマイナスと定義されていること注意

*2:実際に厳密に設計する際はこの方向の収差による影響がありますし, 無駄に長くしても迷光になるだけなので諸々考慮して決める必要があります

*3:係数は1.22じゃなかったけ?と感じるかもしれませんが, 今はあくまで半値幅を考えていますので1.028となります. このリンク先の5ページご参照 https://web.ipac.caltech.edu/staff/fmasci/home/astro_refs/PSFtheory.pdf

*4:ここも解像度と半値幅の違いに注意

*5:なお式中の \lambdaは中心波長である一方, スペックにある波長は435nmになっているという違いは実際に設計する際は注意しましょう

*6:要はディテクター回折格子がぶつからないというような話

*7:そっくりコピペして学校から怒られてももちろん責任はとれませんが,,,